レモンの会食奮闘記

会食恐怖症と向き合って生きてきた大学生の日記。大学生活や会食恐怖症を通して感じたことを記します。

#2 大学生からの会食恐怖症との付き合い方

こんにちは!

今回は二回目の投稿ということで、中学生の頃に会食恐怖症になった僕が、大学に入ってからどのような経験をしてきたのか、そしてどうやって会食恐怖症を克服しようとしたのか、お話していきます。

 

まず、会食恐怖症になったいきさつやこれまでの経歴はこちらの記事#1を参考にしてください!

#1 僕が会食恐怖症と付き合ってきた人生について話したい - レモンの会食奮闘記 (kaishoku-kyohu.com)

 

あと、会食がテーマということで、サムネイルには最近食べた美味しいものを貼っていくことにします笑↓↓
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会食恐怖症を克服しようと思ったきっかけ

 僕が会食恐怖症を本気で直そうと思ったのは大学3年生の時でした。

 大学に入ってからもサークルに所属せず、人付き合いで消極的であった僕は、漠然と社会に出てから生きていけるのだろうかと不安になりました。4年生から始まる卒業研究を前に、新たなコミュニティで社会生活を送ることに不安を感じた僕は、会食恐怖症に本格的に向き合うことにしました。

 幸い、コロナウイルスの蔓延によって、大学生の前半ではあまり会食をする機会もなく、発作もほとんど起こしていなかったので、会食不安症に向き合う上でハードルが低くなっていたということもあります。

会食恐怖症を克服するために始めたこと

苦手シチュエーションをレベルに分ける(そして近所のラーメン屋に通いつめた)

 突然ラーメン屋の話が出てきましたが、ラーメンの部分は何でもいいです。あなたが好きな食べ物、もしくは会食恐怖症が比較的出にくい食べ物、飲み物でもいいです。とにかく外に出て一人でお店に入るという行動をするようにしました。

 外食に行くといっても、やみくもに食事をするだけではあまり効果はありません。まず、外食に行く前に自分の苦手なシチュエーションを理解することで、症状を制御できるようにします。

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 具体的には、上の画像のように会食恐怖症の症状が出る場面をリストアップしていきます。僕の場合は会食が想定される場面が学校であったので、友達との食事を中心にリストアップしていきました。そして、難しそうだと思う順番に並び替えてレベルを付けました。よりくわしく料理名や友達、家族の名前なども含めてリストを作成しても効果的だと思います。

 リストが完成したら、次は実際に行動に移します。まず、レベルの低い行動から実践していきます。僕の場合はカフェで一人でドリンクを飲むことはできたので、その次のレベルから始めていきました。それぞれのレベルに数回チャレンジして不安なくクリア出来たら次のレベルに進むというようにしていきました。

 この中でも僕が一番苦労したのが、レベル9の「一人で食事をとる」という課題です。まだ、このころは「外食で一人前を食べきれるのか?」ということに不安を感じ、気分が悪くなることがありました。個人的には、定食ものに苦手意識があり、麺類は症状が少なかったためラーメン屋に通うことにしました。ラーメン屋に通い始めたばかりの頃は、残してしまうことも多かったですが、次第に完食できるようになれました。おそらく、場慣れしたことが大きかったのでしょう。さらに通い続けるといつもとは違う種類のメニューを試してみたい、ほかのお店にも行ってみたい、という気持ちが生まれてくるほどに余裕が出てきました。

友達や家族にカミングアウトする

次は、会食恐怖症のことを知っている仲間を作るということです。先ほどのリストのように会食を食べることを練習するには、まず会食恐怖症のことを理解してくれる人がいるかいないかで安心感が大きく異なります。

 しかし、会食恐怖症はまだまだ知名度も低いですし、症状も健常者には想像が難しいという問題があります。普通に「僕、会食恐怖症なんだよね」といってももちろん通じませんし、「僕、精神的に問題があって~」とあまりにも深刻に打ち明けても相手は気を遣ってしまいます(もちろん凄く深刻な問題なのですが)

 僕がカミングアウトした時の話はまた別の機会に一つの記事にして投稿しようと思います。

多人数の集まりに積極的に参加する

 これは多くの会食恐怖症の方がもっとも苦手とすることではないでしょうか。僕自身、大人数の集まりはかたくなに避けてきましたし、知らない人もいれば尚更、不安が大きくなりますよね。

 ただ、僕が大人数の会食に参加するようになって気づいたことは、みんな「他の人がご飯をどれくらい食べているのか、残しているのか、まったく気にしていない」「健常者でも食べ物を意外と残す」ということです。高校生の時に卒業式の後、クラスメイトと一緒に鍋を食べに行ったのですが、その時は座敷に座った瞬間に吐き気を催してえずいてしまいました。しかし、大人数の会食を繰り返すうちに「残してはいけない」という強迫観念のようなものがなくなっていき、大人数の会食でも症状がでることは少なくなっていきました。

 このように、大人数の会食に参加することは場慣れするというだけでなく、「ご飯を残してはいけない・きれいに食べなきゃいけない」といった間違った認識を修正していくことが可能なのです。

まとめ

今回は僕が大学生になってから会食恐怖症を改善するためにしてきたことを紹介しました。

  1. 会食シチュエーションリストを作って簡単なことからクリアしていく
  2. 会食恐怖症をカミングアウトして仲間を作る
  3. 大人数の会食に積極的に参加してみる

これらの練習は最初の一歩を踏み出すのは大変ですが、一度やってみれば意外と大したことないと感じるかもしれません。

この記事を読んで会食恐怖症を治そうとする、あなたの挑戦を応援しています。

それではまた。

#1 僕が会食恐怖症と付き合ってきた人生について話したい-自己紹介

初めまして!

この日記にたどり着いた方は、恐らく会食恐怖症や嘔吐恐怖症に悩んでいる方でしょうか?もしくは子どもが会食に悩んでいるお父さんお母さんでしょうか?はたまた会食恐怖症のパートナーを持つ方かもしれません。

いずれにせよ、会食恐怖症というものに興味を持ってここに来ていただいたことでしょう。

このブログでは、僕がこれまでの人生でどのようにして会食恐怖症になったのか。そして、その中で悩んだこと、つらかったこと、克服するために努力したこと、思い出したことから書き残していきたいと思います。

僕のこれまでの経験が会食恐怖症で悩む人たちに役に立てばいいなと思います。

 

それでは、まず最初の投稿では僕の自己紹介と会食恐怖症になったきっかけ・症状についてお話ししたいと思います。

自己紹介

まず、僕がどのような人なのか、簡単に知ってほしいと思います。そのほうがなんとなくイメージが付きやすくなると思うので。

僕は今、東京の大学院で研究をしている24歳です。幼少期から高校までは地方ですごし、大学に入学してから上京しました。

 幼少期は好き嫌いはそこまで多くなかったものの、とにかく虚弱体質で少食でした。幼稚園の給食はいつも最後まで食べているか、残す、そんな子どもでした。

小学生になってからもそれは変わらず、、給食がとにかく嫌いでした。後程、会食恐怖症になったきっかけの項で詳しく話しますが、このころから会食恐怖症の症状を自覚するようになってきました。

中学校になってからは給食から弁当に代わり、あまり苦労することはなくなったのですが、その代わりに友達との交流の中で外食を一緒に食べる、といった機会が増えてくるようになりました。(その中で何度か食べられなくて気分が悪くなりトラウマが加速しました。)中学生の頃は運動部に所属していたのですが、高校生に入ってからは合宿や練習後の食事など、人とのかかわりが増えて食事の機会が増えることを避けるようになり、部活にも所属しませんでした。

大学に入ってもそれは変わらず、人とのかかわりを避けるようにサークルや部活には所属せず、同じ学科の友人のみと交流する日々が続きました。そんな中、あることをきっかけに会食恐怖症のことを友人に打ち明けることになり(いつか詳しく話します。)そこから僕の人生は大きく変わり始めたのです。会食恐怖症の事を一度カミングアウトすると気持ちが楽になり、これまでの自分ではできなかったような挑戦ができるようになりました。そして、現在では仲の良い友人たちには症状のことを打ち明けて、生活をするようになり、症状が出ることも非常に少なくなりました。

ここまでの経験をすべて事細かに記そうとすると非常に長くなりそうなので、いくつかの記事に分けて書きたいと思います。

会食恐怖症になったきっかけ

 先ほどもお話しした通り、僕が会食恐怖症であることを自覚したのは、恐らく小学生の高学年から中学生の頃であったと思います。今思い返すと、きっかけが小学生までの体験にあり、症状が現れたのが中学生に入ってからのような気がします。

 僕の小学校では給食の時間は、すべての児童に均等な量でご飯が配膳されるようになっていました。そのような決まりがある中で、もちろんご飯を残したり、量を減らすということも禁止されていました。僕は当時、非常に少食であったので、お米は通常の2/3くらいで満腹になるほどで、脂っこいものや味の濃いものもあまり好きではありませんでした。しかし、僕のように少食な児童は男子の中ではほとんどおらず、あたりまえに完食するので非常に肩身の狭い思いをしたものです。

 ここで、ご飯の完食が強制されていたということが、僕の会食恐怖症になった原因として最も大きいと考えています。僕のクラスではご飯を完食するまでは、席に居残りで食べ続けなければいけませんでした。つまり、昼休みになっても友達と運動場に遊びに行くこともできず、5限目が始める直前に給食センター(学校内に調理場があった)にお皿を返却しに行く必要がありました。そのあまりの辛さに、人の目を盗んでお米をごみ箱に捨てたり、パンの日はカバンに隠して家に持ち帰り、捨てるということも多々ありました。(パンのほうが取り扱いが楽であったため、はやくパンの日が来てほしいと願うまでになっていました。)

このような生活を日々繰り返す中で、徐々に給食というものに恐怖を覚えるようになり、ついには食事というものにも嫌悪感を覚えるようになってきました。

 小学生の頃は、ただ少食だから食べられない、食べるのに時間がかかるという状況でしたが、中学校に入るとその症状はさらに悪化していきました。このころ初めて会食恐怖症の症状を自覚し始めることとなりました。

 中学校にはいってから僕はそのころ好きだった野球を始めました。野球部に入ると、学校外で遊びに行くこともあり、外食に誘われたり、試合の後にテイクアウトした牛丼をみんなで食べるということがありました。その時、初めてご飯を食べようとするとにおいに吐きそうになる、という症状が出るようになりました。

このような症状は家庭科の調理実習や家族で焼き肉を食べに行ったときなど、状況に関わらず現れるようになっていきました。このころの症状をまとめると、以下のような状態でした。

  • 外食に行くと店内のにおいで気分が悪くなる。さらに、においが強すぎると吐き気がしてえずく。
  • クラスメイトと弁当を食べる際に食べ物がのどを通らなくなる。通常のペースよりも遅くなる。
  • 通常の腹3分目で満腹感を感じる。
  • 人との食事の予定があると、不安を感じて気分が悪くなる。(所謂、予期不安と呼ばれるもの)

 中学生から高校生にかけて、このような症状は治る気配どころか悪化していくように感じ、どこまでも抜けられないトンネルの中を走っているような感覚に襲われました。

 

 ここまでの自己紹介と会食恐怖症になったきっかけで、僕と会食恐怖症とのプロローグをお話しできたかと思います。

 これからは、詳細な経験や、当事者目線の意見、また当事者以外の人はどのように受け止めればよいのか、僕自身の考えを書いていくことができたらいいなと思うので、ぜひ読者になって読んでほしいです。

それではまた!